命を奪い去る

今日は小学校襲撃で8名(※)の児童が殺された悲劇から7年目だとニュースにあった。
そして、秋葉原で自暴自棄になった男性によってこれを書いている時点で7人の
命が奪われたとの事が大ニュースになっている。

数日前の記事では、トイレで赤ちゃんを産んで放置して殺してしまった事件が
2つ報じられていた。

行方不明だった女性は細かな骨片に変わり果てて配水管から発見された。

ただ単に殺した側へ憎しみを向けて
報復刑を与えれば社会は明るくなりますか?


医療には西洋医学と漢方医学があるように、
そして医療費抑制には自己負担額の引き上げで医療の敷居を高くする方法と
予防医学・保健活動によって患者の発生を防ぐ方法の2つがあるように、
社会を安全にする方法にも2つのアプローチがあると感じている。

懲罰としての刑罰を重くすることが歴史的な流れであった。
しかし、それは言ってみれば西洋医学的であり、
医療費自己負担額引き上げ的発想である。

懲役刑を誰かに科すと決めたときに、みなさんは、その人がいずれ社会に復帰して
自分の隣人になることが有り得ることを考えて後のことを考えていますか?
刑を終えて出てきたその人が就職差別を受けて幸せから排除されれば、
世の中に恨みつらみを膨らませて、やがてあるとき暴発して、
二度三度と大事件を起こすかもしれないんですよ。

だったら、これから先の犯罪対策は、ただ単純に起こした罪の重さによって
懲罰を与えることに重きを置くのではなく、その人が社会復帰したときに
如何に社会が人権を尊重する社会であるかにあるのではないですか?

だから、「刑務所に入れてハイ終わり!」的なことではなくて、
罪を犯すことに至らない様に、罪に至る芽を摘んで、刑務所としてではなくて
社会復帰のための職業訓練を行う場所に変えて資格やスキルを与えて、
その人を自分と同じ社会の一員として尊厳を与えて処遇することに
重点が置かれるべきではないでしょうか?

先日の報道でも、理不尽な判決で無実の人が未だに有罪にされています。
どんなに科学的証拠を出して無実を訴えても、警察・検察の出した捏造証拠を
裁判所が採用して、科学的証拠を棄却し、冤罪が横行しています。

そして、本当の犯人は、冤罪の人が懲罰を受けているこの今この瞬間にも
皆さんと同じ社会で大手を振って暮らしているのです。

そんな理不尽な社会を解決しない限り、理不尽の行き着く先で
これらの自暴自棄な人たちを次々再生産して、
ますます社会は不安定化していくのではないでしょうか。
対処療法としての西洋医学の有効性は否定しませんから、
警察が要らないとまでは言いません。

でも、取り締まる体勢に注ぐエネルギーだけに熱心で、
何百万人もの非正規雇用で極貧にあえぐ人たちや
名ばかりの正社員の肩書きで超過勤務で身体と家庭を
壊しているひとたち、そして貧しさゆえに学習に専念できず
道を外れる生徒・学生の救済に熱を入れないのでは、
ますますトイレで殺されたり通り魔に殺されたりする人たちが
延々と続くことでしょう。

そういう怯えの中でこれからも生活して行きたいのですか?

皆が「連帯」しあわなければ、幸せは遠のくということ。
儒教的に年上を敬えとだけ教えるのではなく、
年下でも筋の通った意見を言うことにはちゃんと
敬意を払って処遇すること。
何らかの宗教の儀式・しきたりを厳格に守ることだけに熱心になるあまり、
異端への攻撃に走ることは結局「道に外れる」こと。

誰かとそのことを共有して連帯したい。
それが私の今の願いです。

※ 8日に書き記した時点で7人という情報があったためその数字で書いておりましたが、
  その後の報道で8人になっていたため、訂正いたします。

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