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zoom RSS ブドリとカンパネルラ #宮澤賢治 #野島伸司

<<   作成日時 : 2014/05/31 23:00   >>

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野島伸司脚本の最新作、プレミアムドラマ「プラトニック」の
第1回を見終わったところ、というか、二度見終わったところ。
堂本剛演ずる「青年」の気持ちが痛いほど胸に刺さる。

かつて私が少年だった頃、宮澤賢治の童話が大好きで、
とりわけ「グスコーブドリの伝記」や「銀河鉄道の夜」が
大好きだった。どちらの物語も、誰かを助けるために、
愛する人を助けるために、一人の青年が命を落とす。
決して誰かを殺して助けるのでは無く、
けれど、きっとその命懸けの行為に涙されながら・・・。

私は小さな頃から親に「お前は駄目な奴だ」と
まるで壊れたレコードの針が延々と繰り返すように
毎日罵られたり、殴られたり、大事な物を奪われたり
壊されたりしながら刹那的な家庭で生きることを強いられていた。
どんなに誠実に接しようとも「嘘つき」と呼ばれ、感謝されることも無く、
自分がその家に生まれてきたこと自体が大迷惑であるというように。

岩手県は日本の中では火山フロントの海溝側にあって
常日頃から地震を感じながら暮らす土地。
早くに亡くなった母方の祖父は旧田老町(現宮古市田老地区)の
田老鉱山の技師かなにかをしていたから、
祖母の家に遊びに行くたび、棚に飾られた綺麗な鉱物たちに
心がワクワクするのを感じていた。

そして田老町は「万里の長城」と呼ばれた防潮堤で街を囲み
津波から街を守ることに熱心な土地柄だった。
私が「地球科学」という世界に取り憑かれたのは、
ある意味、持って生まれたDNAみたいなものだったかもしれない。

祖母の家ならば自宅のように罵られることも殴られることもなく
穏やかに森や海や畑に囲まれて過ごすことが出来た。
私の心のオアシスだった。

そしていつしか高校生になった私がブドリのように生きたいと決意し、
熱心に山に登ったり物理や数学などを勉強し始めたのだが、
そこに立ちはだかったのがやはり「親」の存在だった。
私が研究者への道を歩むには、学費を捻出しなければならない。
どんなに頑張ってトップの成績を残しても
「親が金持ち」という理不尽な理由で奨学金を貰う資格が無い。

私が中学生の頃、自宅の家庭菜園で父親から言い渡された言葉。

「ここは俺(父親)の家だ。お前の家では無い。
お前がこの庭に勝手に手を出すことは許さない。」

そう。私は佐藤家にとっては鬼っ子であり、迷惑な居候。
その言葉を受けた瞬間、私の心は凍り付き、
あんなに大好きだった園芸をぱったり止めて、
作りかけだった盆栽に全く水もやることを止めた。
盆栽がどんな運命になったかももはや関心が無かった。

もう、この家は私の帰る家ではなく、
佐藤家の人間達の所有物に触ることも許されない。
生きることに段々意味を感じられなくなっていった。

せっかく「地球科学を極めて生きたい」という人生目標が出来ても
自分がわざわざ選んだわけでもないのに
「お前は金持ちの子供だから学費生活費は親から出して貰え」
という社会の圧力、壁。
しかし、その「金持ち」たちの所有物は私の物では無い。

『壁―S・カルマ氏の犯罪』(安部公房)のように荒れ狂う心。
私は自分にはどうあがいても逃れられない「佐藤家」という檻の中に閉じ込められ、
勉強に集中できる心理状態では無くなり、
「理想とする研究者への道に進むため屈辱的な扱いを受けながら生きる」
か、
「理想を諦めて高校を退学し、働きながら役者を目指して劇団に入る」
か、人生の大きな分岐点を迎えた。

そして高校二年生の秋。山岳部の新人戦岩手県大会を
リーダーとして第四位の成績を挙げたその足で、
自宅に帰らず一人、岩手山の裏の奥地に身を隠した。

家出したのである。

本当は数週間そこに身を隠して前述のどちらを選ぶか熟考する予定だった。
しかし、運悪く早々に私は捜索隊に発見されてしまう。
答を決める穏やかな時間が得られないまま、
煉獄の如く心かき乱される佐藤家に縛り付けられてしまった。

その後、もはや私は勉強に身が入らなくなり、
生きる意味を失い、何度か家出を重ね、
昭和60年12月31日夜、
兼部していた演劇部の部室でラジオで紅白歌合戦を聴きながら、
独り「自殺」を決意した。
「この紅白歌合戦が人生で最後に聴く紅白だな」
と感慨深くラジオに耳を傾けた。
もうこれ以上生きる必要が無くなったら心も身体も軽くなった。
「解放された」と感じた。
「もうじき、この苦しみから解放される」と思うと、
かえって勉強も再びする気力も出てきたのである。

当初の自殺決行日は
「志望校の合格通知が届いた時」
と心に決めていた。
志望校に合格するぐらいの実力はあった。

「志望校への合格通知を見てから投身自殺する」
という私の本音は、毎日書き続けていた日記にも書かない。
私の心の中だけにしまって誰にも明かさない。

だがそんな状況でも親からの虐待は連日続いた。
本当は受験までは生きるつもりだったのだが、
その1年前の二月、とうとう衝動的に手首を切っていた。
本当に死ぬ気で手首を切っていたところを母親に発見され
死ぬことも出来ないまま、私は生ける屍状態となり、
学校にも行かず部屋に閉じこもった。

最終的に私は親によって精神科の檻の中に閉じ込められ、
自分の意思で自由に外の世界に出る権利を奪われ、
「司法の裁きもない終身刑」の受刑者の立場になった。
当時の精神科が患者を金蔓として囲い込み
人権侵害が横行している危険な空間であることは
既に大熊一夫著「ルポ精神病棟」にて知っていたことであった。

ただ、そこは親から直接の虐待を受けず
自宅のゴタゴタから解放された空間でもあった。

私はようやく山の中で決着させるはずだった人生の分岐点の
答を見いだすことができた。
進学して地球科学の研究で生き続ける覚悟が出来たのである。

復学して合格して大学・大学院と過ごした日々は以前より充実していた。
親からの理不尽な介入で何度も人間関係を破壊されることは続いたのだが、
幸い、学生結婚したことで私は「無収入の学生」所帯となって、
成績トップの人だけが貰える奨学金を貰い、学費も免除された。
親からの経済制裁からも解放されたのである。

そういう苦しみを経てきたことで、
私は野島伸司さんの作品に胸をえぐられるほどの共感を感じることがある。
かつての「家なき子」の主演だった安達祐実演ずる「すず」もそうだった。
今回では堂本剛演ずる「青年」の気持ちもそうである。

もちろん、今の私は自分の意思で「自殺」は選ばない。
神が私を召すまでは生き続ける意思がある。
ただし、鬱病は激しく私の体力・気力を奪うので、
発作的に「死にたい」と漏らしそうになるような
どん底はたびたび襲ってくる。
必至に死なないよう、福祉関係の人たちや
教会に集う友人たちの励ましを受けて、
なんとか生きてきた。

この就職氷河期をかろうじて生き抜いてきた。

私の父方の親戚も母方の親戚も弟も、
そして元妻の両親・弟妹たちも
そんな私の味わった苦しみは知ろうとしない。

「英(たけし)の言っていることは嘘」と
みんな私の受けた虐待の日々のことを否定し、
私の親たちをかばい、私を罵る。

それが証拠に、
「私から出した手紙や年賀状に誰一人返信を返さない」
のである。

唯一の味方でいてくれた祖母はアトランタ五輪直後にこの世を去った。
楽しかった思い出の田老の街並みは大震災の津波で全て消えてしまった。

親にも弟にも親戚にも見殺しにされた以上、
私はもはやあの人たちに愛情を期待しない。
彼らが私に連絡を求めてくるのは誰かが死んだ遺産分与で
法的に私に意思表明を求める必要が出た時だけである。

私はもはやそんな親戚達や親兄弟の財産に全く興味は無い。

「この家はお前のものでない」

と私に言い渡した「佐藤勝一・淳子夫婦」がどんなに財産を遺して死のうが
私はもはや佐藤家の人間では無いから要らない。
いちいち遺産分与を「どうする」「こうする」という話をされても迷惑。

私は自分が稼いだわけではない他人の財産は要らない。

私の望みはたったひとつ。

私がいつか天に召される時に、
私がそれまで生きていたことが誰かから涙される最期であること。

今回の「プラトニック」での「青年」も今その心境だと私は感じた。
以上、今夜の私の書き残したいことでした。

P.S.
ちなみに私の父親である「佐藤勝一」という人間は
部屋中に宮澤賢治の作品を積み上げて
賢治の弟の清六氏を通して宮沢賢治記念館などの
出版物や音声・映像などの分野に名を残した人間である。

「グスコーブドリの伝記」や「銀河鉄道の夜」等の作品を通して
人生を歩んできた私のことを何故にそこまで虐待し続けたのか
私にはさっぱりわからない。
なぜにそんな虐待をする彼と彼の妻・淳子も含めて
親戚一同そろいもそろって彼らの味方をするのか分からない。
そして彼らが私に何故に敵意を向けてくるのか分からない。

同じ宮澤賢治を愛した人間同士なのに
まったくすれ違う父親と私。
そして親戚達。

もはや彼はこの世を去ったと伝え聞いたが、
母親や弟が今も生きているかもどこに住んでいるかも知らない。
実際、誰かからそれを知らせに来られても私は迷惑。
私は天涯孤独の身としてひっそり生きている。
長年の苦労で障害者手帳を貰うほどに衰弱しながらも
取りあえず現時点でまだ私は生きている。
「遠くの親類より近くの他人」という言葉もある。
今、こうして生きていることに感謝して
明日も命があれば私は生きていく。

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「ブドリとカンパネルラ #宮澤賢治 #野島伸司」について プレミアムドラマ『プラトニック』の第2回では印象的な台詞が出てきた。 主人公沙良の娘・沙莉と、堂本剛演ずる青年が病室で、とても暖かな後継として二人笑いあっていた。それを微笑ましく思った沙良は、その青年から思いがけない言葉を聞く。実はその笑いは沙良を思いやる沙莉からの心遣いであり、それを出来るようになったのは、沙莉の心に諦観があるからだろうと。そして青年自身、そのような諦観に達する心境にあるのだという。 ...続きを見る
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2014/06/04 06:15

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