ネオンの神を崇める愚かさ。…Sound of Silece #genpatsu

5年ほど前に、別の問題を語った記事にて、
サイモン&ガーファンクルの歌った「サウンド・オブ・サイレンス」の歌詞を
ご紹介しました。

ここ数年間、日本における権力側のデモや表現の自由に対する弾圧の異常さを訴えて来ましたが、
徐々に目覚める市民が増え始め、
従来ではありえないほど、権力批判を前面に押し出す新聞も出てきました。
その転機となったのが今回の東日本大震災とそれに含まれる原発事故。

電力業界からの広告費収入でどんどん原発利権の拡大に手を貸したテレビや新聞などのマスコミ、
そしてそのマスコミからの評価記事によって政界を追い出される良識派の政治家や学者、官僚。
そして逆に原発を擁護推進してそのマスコミから優遇される御用政治家や御用学者、経産省という
巨大な利権の集合体がこの国を支配し、最悪の原発事故が起きた今なお、
これら政官財マスコミたちが反原発や脱原発の人たちの平和なデモ行進を
理不尽極まる逮捕で潰しにかかる。

従来の新聞の大半がこれまで警察発表を垂れ流してきた中、
東京新聞(中日新聞の東京本社)の記事だけは異色です。
今回の9・11デモでの大量の逮捕者発生を「見せしめ?」と題して
警察の側に問題があるという特集記事を書いています(9月16日特報面)。

そして同じ日の一面記事には、複合災害(地震、津波、原発)発生を想定したマニュアル作りが
震災前に始められていたところ、地元自治体や東大名誉教授などからの強烈な反対によって
2010年10月14日に握りつぶされたことが報じられていました。
保安院からこのマニュアル作り自体が「有り得ないことを想定して対策ありきのまとめであった」
と「反省」までさせられている。

しかし、その反省させられた行為そのものが、今回の現実の震災と原発災害の複合によって
皮肉にも「反省するべきは地元自治体や御用学者たちのほうだった」と再評価されるに至る。

そこでやっぱりこの歌のことが一番に頭に浮かんだんです。

「話すことなく語る」
「耳を澄ますことなく聞き流す」
「歌詞の無い歌を作る」
「馬鹿げてると指摘する人を黙殺する」
「ネオンの神を崇めたてまつる」

そんな「沈黙という名の音」の世界は、
言論の自由を剥奪され、
表現の自由を奪われて、
華々しい光をまとった権力者(ネオンの神:テレビ局の象徴)が支配する社会。

この歌が持つ深い意味は、基本的な英語力があれば
だれでも理解できるほど平易な言葉で書かれており、
歌詞を訳したサイトも現時点でネットにあったので、
これを読んで見てもらえれば日本語としても理解してもらえると思う。
http://www.geocities.jp/alfa_9xi1003/tanpenshousetsu/sound_of_silence2

私自身、6年前にホームページでのナチュリズムの写真掲載を潰される弾圧を受け、
不当な判決を受けて裁判所からも敗者の烙印を押されている。
未だに保守的人間たちは、裸体主義者を不健全で罪悪な存在と見ている。

しかし、今、目覚めた市民たちはデモに積極的に参加しはじめるようになった。
忌野清志郎の反原発ソングはかつてCD発売中止という弾圧を受けた
(別のレコード会社から発売された)が、
今では斉藤和義の「ずっとウソだった」と一緒に
ライブ会場で民衆の熱狂を集める存在となっている。

我々はいつまでもお行儀良く権力者に認定されることを誇りにしてはいけない。
世界人権規約にも、日本国憲法にも、言論の自由、表現の自由は保障されている。
民衆抑圧の最前線で暗躍する公安警察たちが手出しできなくなるほどに、
運動を大きく広めていかなければならない。

そのためには先の記事にも書いたとおり、
社会的に抑圧されている人々が互いに連帯することが大切。
保守的思想で染まったネオンの神崇拝層が自らの親世として存在しても、
その子供たちが親の呪縛から逃れてデモに参加して、
「中東の春」のように、権力者に対して立ち上がるべきである。

「預言者の言葉は地下鉄の壁に(落書きとして)書かれている。
そして安アパートの廊下にも(落書きとして)書かれている。」
ネオンの神を崇めたてまつっても、真実の言葉、預言者の言葉を
見つけることはできないのである。

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