大震災:故郷の親友とその家族が安否不明です。

先ほど、気象庁からの公式発表もありましたが、
モーメントマグニチュード9.0(Mw 9.0)に達する今回の巨大地震。
記録に残っている世界中の地震の中でも4番目か5番目の大きさで
それだけでも地震に携わった私にとって強い思いがあるのですが、
被災地三陸海岸にはもっと大きな、大切な存在があるのです。

何よりも一番に辛いのは、岩手県宮古市で医師として勤めている
親友とその家族と連絡が取れないことです。
先日のM7クラスの地震があった時にも心配して電話しましたが、
その際にも、私が2月ぐらいから胸騒ぎして巨大地震が起きそうで
その時の地震がそれだったかもと会話を交わしたばかりでした。
多分親友は県立宮古病院で勤務中だったでしょう。
ただ、最近、平野部の官舎に引っ越したばかりの奥さんと
赤ちゃんと幼児の3人はおそらく津波か家屋倒壊か。
4人とも全く連絡が取れないのです。

3月11日。午後3時前。

いつも勤務時間の関係で午後3時前後に仕事の区切りをつけて
三回目の食事(普通の人の夕食相当)を摂る私は、
食事の後始末をしながら金曜のラジオ番組を楽しんでいました。

その時に来た地震の揺れ。その揺れですぐに
「東海地震ではない。遠い所で極めて巨大な地震が起きた。」
と分かりました。これは私が大学院まで地震学研究に
携わって身についた反射的な判断でした。
背筋が寒くなるほど巨大な地震が起きたことは
体が感じた揺れと学んだ地震学の経験・知識から確実でした。

一番に思い浮かんだのが三陸海岸でした。彼とその家族でした。
電話することは駄目なので、彼のケータイメールとtwitterと
念のためパソコンメールの3つに連絡を入れました。
しかし、現時点でまだ連絡がありません。

私自身が親戚肉親のない身の上で、
彼だけが唯一の肉親のような存在なのです。
私の祖母との思い出の残る旧田老町(現宮古市田老町)の
祖母の墓に墓参りする時にも彼の車で一緒に来てくれました。

心臓の重い病気で一度生死の境をさまよった彼。
そんな重い病気でも、医師として再び職場に戻り、
治療の副作用で体も不自由なところがあるのに、
僻地治療に取り組むという高校時代からの夢を
ずっと追い続けてきたのです。

40歳の誕生日直前でやっと子供が生まれ、
昨年その弟となる赤ちゃんが生まれ、
私と誕生日が一緒の奥さんと一番幸せだった彼。
その事を思うと、何も彼らにしてあげられない私は、
心配で心配で、流れるニュースに胸が押しつぶされそうで、
涙が流れて止まらない。

今この文章を書いていても涙でパソコンの画面が
見えなくなり、なかなか文字が書けなくない。
ひたすら奇跡を信じたい。どうか無事でいてほしい。

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  • 親友とその家族、無事らしいとの情報有り。

    Excerpt: 「大震災:故郷の親友とその家族が安否不明です。」について 情報が本当ならとてもうれしい! 昨日、親友の奥さんと見られる生存情報が見つかり、 Googleの人探しサイトで詳しく情報提供を依頼していた.. Weblog: かわいい猫には、また旅をさせよ。 racked: 2011-03-14 13:56