「絶対に安全な土地」は存在しない。新津波対策と街づくり。

今回の大震災から早くも半月が過ぎた。
当初の混乱期を幾分持ち直しつつある地域も出てきて、
各方面の批評家やコラムニストの方々が提言を示し始めている中、
大前研一さんの提言に目がとまった。

〔大前研一「ニュースの視点」〕
KON354「東北地方太平洋沖地震~復興のための消費税「1%」増で「強い日本」に!」


私は税率問題などの多くの部分について論評を避けるが、
ややもすると感情的発想で今回の津波災害を捉える動きには
もっと冷静になってほしいと思う。

目に留まったのはこの部分だ。
「例えば高台に街を築き、その下に公園などを配置するという
以前よりも綺麗かつ安全な街づくりを行えるでしょう。」


確かに今回、港町という港町が全て津波に飲み込まれて廃墟になった。

大前さんのよりも過激な人では
「海岸近くに資産を持った住民の自己責任」
と突き放すような言い方をする人もいて
元通りの街並みを戻すべきでないと唱える方もおられる。

「高台に街を作れば固定資産としての住宅の損害は発生しない」
という意見も、ぱっと見は「ごもっとも」となりやすい。

しかし、「この日本で、どの高台なら安全ですか?」と問われて
はっきり答えられる人はいるだろうか。

例えば江戸時代、1771年、明和の大津波というのが八重山地方を襲った。
最大波高は40m。最大遡上高は80mにも達したという。
この地震を参考にして、たとえば
「標高100m以上に限って住宅の建設を認める」
なんて決まりごとを作れば津波から街や資産を守れるだろうが、
現実問題として、そんな山の上に人が住めるのか。

雪国での暮らし、北国の暮らしを経験した人なら分かるが、
夏場はそれでなんとかしのげるかもしれないが、
標高100mもの高台から下界へ冬場に通勤するのは不可能である。
積雪、凍結、道路はそれこそボブスレーのコースとして使えそうなくらい
過酷な悪路になるのである。

そして、そんな高台では大雨や大地震で
山崩れを起こすこともあり得る。

山を切り開く事で海の幸をもたらす山の森が少なくなり
保水能力は低下し、落ち葉や昆虫の死骸など
海の生物にとっての栄養源が絶たれ、
海はやせ細り漁業が受けるダメージは大きい。

たまたま私は富士山の麓の富士宮の標高約200mのところに住んでいる。
ここはおそらく津波の心配は少ない。
周りに急な勾配もなく、緩やかな斜面で、
普段大雨や地震で発生するような山崩れの心配はない。

しかし、そもそもここは成層火山の滑らかな斜面である。
このなだらかな土地は過去の火山活動の結果として
出来上がったものである。富士山は活火山である。
地面を掘れば大きな噴石がごろごろ出てくる。
もし富士山が噴火したら、当然、そういう噴石が爆撃のように落ちてきたり
火砕流や溶岩流で焼け野原になる可能性のある土地である。

火山の無い関東平野だって、
関東ローム層の存在ぐらい聞いたことありませんか?
大量の火山灰の心配もあるし、
大雨で洪水が起きれば津波に匹敵する災害があり得る。

大前さんが提言したくなる気持ちもわからんではないが、
これまで海辺の集落が津波を恐れながらも
僅かな谷間の平地に住んできたのは
そこに住んでみれば分かるそれなりの理由があるのである。

そして現代日本でも、そういうリスクを背負いながら
沢山の海産物という恵みを手にしてきた。
そういう海の幸を漁民が獲得して
市場が販売したり工場が加工して
全体として漁村は繁栄してきたのである。

それはさながら、火山噴火のリスクを抱えながらも
地熱というエネルギーを由来として温泉・観光・発電などで
利益を得て来たものと重なるものである。

だから安易な感情論で漁民や漁村の人たちを批判しないでほしい。
一定程度の津波対策は必要になるだろうが、
もとのように住民が平野部に街を再建することを支援して欲しい。

むしろ発想の転換で、平野部の地下に「シェルター」として
機能する住宅を建設するとしたならば、
実に奇妙な街並みにはなるだろうが、
海岸部に居住しながら漁業と両立出来るかもしれない。
「地下に潜って津波をやりすごす」
という新しい津波対策は案外コロンブスの卵になるかもしれない。

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