「トイレの神様」について

トイレの神様」について
トイレの神様を聴いていると、おばあちゃんとの日々を思い出す。
おばあちゃんなら、顔も声も今もまざまざと思い出せる。

しかし、ひとつだけ、真実であるからどうしようもないことがある。
父親の顔も声も、母親の顔も声も、全く思い出せない。
父親はすでに死んだらしいが、
仮に母親と名乗る年配の女性が目の前に現れたとして、
その人が本当に私が20数年同じ家に住んでいた
あの母親なのかどうか、確かめる術を知らない。

父親からぶつけられた罵りや暴力は「言葉や痛み」で
今もまざまざと思い出せる。
母親から受けた理不尽な仕打ちや言葉の数々も
今もまざまざと思い出せる。

しかし、どちらも顔も声も思い浮かばない。

大学時代の同級生たちはおおかた顔も声も思い出せる。
伯父や伯母やいとこも思い出せる。

しかし、20年もの月日、同じ屋根の下に住んでいた、
私の父として存在していた男性の顔も声も分からない。
私の母として存在していた女性の顔も声も分からない。
仮に何かの事情で警察から死体検案として呼ばれても
私にはその人が母親であるかどうかは分からない。

崩壊した家庭の末路はこんなことなのかも知れない・・・。

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