あれから20年

昨日は6月4日だった。
北京大虐殺から20年が経過した。
この話題を私は風刺をこめて毎日新聞の読者欄「ふんすい塔」に
(弘前・おやんず)というペンネームにて投稿し、14日にそれは採用された。

  新日中共同声明
  「虐殺なんてなかった」
       --中国政府
          旧日本軍

という内容であった。

社会が混乱しているより安定しているほうがいいという理屈はわかる。
内戦や飢餓の蔓延している地域を多数抱える事実を見れば、
確かに中国共産党一党独裁の下に確実に経済成長は進み
政権に逆らいさえしなければ、まだまだ10数億の人間が
安定して暮らせ、将来の夢を持つことができる。

しかし、本当に今の中国人民が幸せなのか。
巨大プロジェクトは住人の意思を全く無視して進み、
当局の机上で決められたら最後。そこに暮らしている
人間たちはわずかな補償金で故郷を追われ、
歴史を刻んだ町はブルドーザーとショベルカーに潰されて
アスファルトとコンクリートの建造物に置き換えられる。

敷地は計画地域から外れても安心できない。
足尾銅山から戦後高度経済成長に至る
日本経済至上主義の記録フィルムを見るが如く、
中国の川も海も山も空も汚染物質で包まれて
沢山の公害が発生して人民を苦しめている。
日本の公害対策の歴史が全く参考にされていないことを
痛切に感じる。

確かに20年前、民主化を求める声は過熱だったかもしれない。
政治権力という名の飛行機が民衆の求める民主化という陸地に
最短距離で突き進めればそれは「墜落」であり、悲劇だ。
政権が求めているのは安全な「軟着陸」であり、
適切な形で進めたいのはわかる。
実際、文化大革命の源泉となったのは民衆の理想と大衆運動であった。
それが最悪の経済停滞と数多の犠牲者に終わったことを思えば、
20年前に政権が民主化要求を受け入れなかったことは
地域の安定の上で止むを得なかったかもしれない。

ただ、問題は「無差別大量虐殺」を「人民解放軍」が行ったことだ。
民衆は丸腰。武器を使わない平和的な行動だった。
銃弾と戦車で虐殺することに何の正当性があるだろうか。
今もなお、国境を越えて亡命しようとする僧侶は
国境警備隊に銃殺される。
一人一人の命を大切にしたいから共産主義国家を建設したのなら、
その初心を忘れて欲しくない。そして、純粋な共産主義経済も
純粋な資本主義経済も破綻した今の歴史認識を踏まえて、
イデオロギー対立を過去の遺物として、人民に情報を全て開示し、
自由な議論を保障し、民主的方法で代表者を選出し、国家を運営してほしい。

政治権力という名の飛行機はそろそろ「着地」すべき時が来ているのだ。
いつまでも地に足がつかない「飛行」を続けていていいとは思わない。
燃料が切れて墜落する前に民衆のいる陸地に立ち戻り、
民衆の求める声に真摯に耳を傾ける勇気を見せて欲しい。

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