すぐ隣にいる犯罪予備軍

自分で自分の命を奪うことも、他人の命を奪うことも、
命の尊厳が否定されることに大差はない。

事件の背景が明らかになってきて、
父親の極端な過保護、モーレツ教育によって
殺人犯の人格が幼少期からずたずたに引き裂かれていたことが
見えてくるようになった。

「親が書いた作文で賞を取り、親が書いた絵で賞を取り、
親に無理やり勉強をさせられてたから勉強は完璧」
「親が周りに自分の息子を自慢したいから、
完璧に仕上げたわけだ 俺が書いた作文とかは
全部親の検閲が入ってたっけ」

毎日新聞からの引用だが、これはまだ未成年であったころの
私自身が抱えていた屈辱感と何等違いが無い。

私の場合、成人して結婚して親の苗字を捨てた後になってもなお
両親の介入の企ては続き、私はノイローゼになって自殺を図り、
あるいは、宮古短大の助教授として勤務していた父親の学生たちを
皆殺しにするフツフツとした憎悪の炎と戦い続けていた。

大量殺人者として大事件を起こすことを自ら回避する唯一の方法。
それが「家族親戚との縁を切り、天涯孤独の身の上として
自分だけの力で社会のどん底から這い上がって生き延びる」
という今の生き方だった。

もしもあの時、親や親戚と縁を切った私に両親がなおも執拗に付きまといを
繰り返していたら、今頃私は大量殺人者として絞首台の露に消えていただろう。
彼の父親も母親も、今の加藤容疑者の両親として頭を下げているが、
10年前、その立場に私の父親母親もなっていてもおかしくなった。

「どん底に落ちても、どんなに泥まみれになっても独力で這い上がってやる!」
それが私の精一杯のプライドだった。
だから、これまで、精一杯合法的に戦い続けてきた。
ホームレスから精一杯這い上がった。

私にとって、5月の母の日、6月の父の日ほど苦痛な時期は無い。
世の中、恵まれない人たちは沢山いる。
今回の事件が、子供を自分たちの所有物であるかのように
操り人形のように操ろうとすると、子供に自立の精神が少しでも
育っていれば悲劇からは助かるが、もしも子供の人格を徹底的に
潰していれば、これからも第2第3の加藤容疑者は現れていくであろう。

世の中の教育熱心な親たちに警告したい。
失敗することを許されずに大人になった子供ほど、
生存競争にからきし弱いモヤシに育つということを。

加藤容疑者の行為は決して正しくは無いが、
被害者が憎むぺきは犯人ではなく、
彼を一個の人格として尊重しなかった両親と
派遣社員を工具や道具として簡単に首を切る現代日本の
企業風土に対して向けられるべきであると。

それを今、社会に警告したい。

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