ホーム突き落し殺人の少年

気になっていたこのニュース。親の貧困が理由で進学をあきらめなければならなかった少年に、
少年の両親は自分たちができる精一杯の愛情を注いでいたことが伝わってくる。
ただ、事件直後に流されたニュースの中に、心に引っかかる一つのトピックがあった。
ちょうど同時期に起きた他の少年の起こした事件報道を受けて父親が子に
「こんな事件は起こさないようにしてな」
と話しかけたとのことだった。

このニュースを聞いたとき、この言葉がめい一杯張り詰めていた少年の心の
最後の糸を切断してしまったのではないかと・・・私の実体験から来る直感である。

似たような精神状況の事例として、
『鬱(うつ)で苦しんでいる人に「頑張れ」という言葉は禁句』
というのを聞いたことはないだろうか。

確かに周りのひとたちは善意で「頑張れ」と言いたくなるのが自然な感情である。
そのことに取り立てて悪意は無い。だが、どんなに本人が自分を奮い立たせても
欝は肉体そのものを大変重たくさせて、衰弱した神経ではどう頑張っても
思うように身体が動かないし、判断力も極めて鈍ってしまい、
何も医学的サポートを与えていないと、本人の絶望へと向かってしまう、
負のスパイラルがあるのである。

少年の状況はこれに似ている。精一杯勉強して、進学できる学力を備えていた少年。
しかし、「貧困」は彼がどうかして回避できる問題ではなく、
最終的に進学を断念せざるを得なかった。それでも働きながら学ぶ道を
目指していたところには少年の精一杯の前向きな情熱を感じる。
職探しをしながら少年は、貧困という問題を抱えることなく進学できた
周りの同級生たちや同世代の人たちと自分とのあまりにも大きな落差に
絶望に陥りそうな瀬戸際まで精神状態が追い込まれていたと思う。
私自身、高校生時代、大学進学を目指しながらそれを断念せざるを
得ない現実と闘い、最終的に一度は壊れて自殺未遂を起こしている。

人間らしい生活とはなんだろう。せめて学ぶ機会が頑張っている青年に
等しく提供される社会だったら、彼は進学できていただろう。
そうならない現実の中で絶望をしないように頑張っていた彼。
しかし、緊張の糸は極限まで張り詰めていた可能性がある。
そんなとき、父親は善意で「事件を起こさないでね」と話しかけたとしても、
この精神状態で私があの年齢でそれを言われたら、きっと糸は切れてしまう。

「The last straw」という海外のことわざがある。
普通の人にとって藁(わら)一本はたいした重さではない。
しかし、「もうこれ以上耐えられない」という重さを背負っている人間に
藁一本載せたことが極限を超えることになって崩れ落ちる場合があるのだ。

少年を裁く法廷の関係者、そして被害者遺族が、少年の極限状況を
冷静に見極めて、何が一番の要因だったのか、適切な判断を下して欲しい。
単に少年一人、少年の両親二人に責めを与えて解決する問題ではないと思う。

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この記事へのコメント

理子
2008年05月18日 17:57
包茎は直しましたでしょうか?私は今でも応援してます。覚えてますか?
温泉とかで開放的になり全裸でゆっくりしたいですね。どのように連絡とればいいのでしょうか?

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