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zoom RSS 「ブドリとカンパネルラ #宮澤賢治 #野島伸司」について

<<   作成日時 : 2014/06/04 06:15   >>

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ブドリとカンパネルラ #宮澤賢治 #野島伸司」について
プレミアムドラマ『プラトニック』の第2回では印象的な台詞が出てきた。
主人公沙良の娘・沙莉と、堂本剛演ずる青年が病室で、とても暖かな後継として二人笑いあっていた。それを微笑ましく思った沙良は、その青年から思いがけない言葉を聞く。実はその笑いは沙良を思いやる沙莉からの心遣いであり、それを出来るようになったのは、沙莉の心に諦観があるからだろうと。そして青年自身、そのような諦観に達する心境にあるのだという。

「希望を捨てると楽になる」

そう青年は言った。その言葉、私にも分かる。研究者になる道を諦め、ただ単に「大学の合格通知を持って投身自殺する」ことを心に決めた高校2年の大晦日以来、私の心は随分軽くなった。生きることを諦め、いずれ来るその日を心にしまって、作られた感情を演じて生きる。沙莉が最初は作り笑いをそうとは感じさせないように演ずる練習をしていたという「口元を指で広げる」という行為は、私がしていたことだった。もちろん、私の場合、心遣いをするような人はいなかったから、ただ演じて自殺の決意を知られないための演技だったのだが。

未だに私の親も弟も親戚も、誰もそんな私の心の闇を知らないまま、私一人を鬼っ子のように疎ましく遠ざけて日々を過ごし、親の遺産関係で必要に迫られた時だけ誰かに「小野田英対応係」を通じて仕方なく私に連絡を取るのだろう。昨年末〜今年初頭にも何度か電話の着信履歴と留守電があった。父方の祖父母(共に故人)の家と敷地が盛岡市の道路拡張計画で区画整理か何かの対象となり、その相続リストに私の名前が入っていたらしきコメントだったが、私はそれらの電話番号は着信拒否設定にした。

「村八分」という言葉がある。村人達の付き合いを分類した10個の付き合いの中で、「火事」と「葬儀」の2つを除く残り8つは交流を断つ。それが「八分」の意味である。それを当てはめるのならば、私の肉親・親戚たちは火事に駆けつけることも無いから、言わば「村九分」に等しい疎外行為を私にし続けてきたことになる。そんな冷血な人間達に私だって関わるのはご免だ。だから着信拒否にした。彼らの誰かの遺産の相続リストに私が入っていようがそんなものを要求するつもりも無い。その代わり、私に何かを彼らが求めても応じるつもりも無い。

「ここは私の家(や庭)であってお前の物で無い。私の家(や庭)に手を出すな」

と言い渡した私の父親たちの言葉を彼らがかばい立てするのなら、その代償として私から絶縁されることも甘んじて受け入れるのが彼らの責務である。いざ困った時になって泣きを入れるように私と電話連絡を取ろうとされてもこっちは迷惑だ。命を絶つ絶望に置かれた私のあの「佐藤家」をそんなに愛しているのなら、私にとってそんな肉親・親戚たちは「鬼」「冷血」以外の何者でも無い。それが私が彼らからの電話を着信拒否する理由である。

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